Q&A

2025.12.15

【Q&A】011 医療従事者の一斉退職

Q

診療所で勤務する看護師が結託して一斉に退職しました。診療所として勤務復帰や損害賠償を求めることはできますか

 

 

 

 

A

「従業員が結託して一斉に辞める」という行為は診療所に深刻な経営危機を生じさせ、経営者としては到底看過することができません。患者様にも多大なご迷惑をおかけすることにもなります。では、診療所としては、どのような対応が取れるのでしょうか。

 

1.勤務復帰の要求(就労請求)について

結論から申し上げますと、一度有効に提出された退職届(または口頭による退職の意思表示)の撤回を強制して、勤務復帰させることはできません。

退職の自由 日本国憲法および民法では、労働者に「退職の自由」が保障されています。 期間の定めのない雇用契約(通常の正職員)の場合、労働者は原則として2週間前に申し出れば、理由を問わず退職できます(民法627条)。

損害賠償請求を受けるリスク たとえ診療所が人手不足で窮地に陥ったとしても、退職を申し出た看護師に対し、無理な引き止めや、復帰を強く要求する言動をとることは、逆に診療所側が違法な引き止めを行ったとみなされるリスクがあります。 そうなった場合、看護師側から精神的苦痛を受けたとして、逆に損害賠償(慰謝料)を請求される可能性すら生じます。

まずは感情的にならず、「退職は(たとえ一斉であっても)原則として止められない」という前提に立つ必要があります。

 

2.損害賠償請求について

こちらは「一斉退職の態様や目的」次第で、損害賠償請求が認められる可能性がゼロではありません。ただし、法的なハードルは非常に高いです。

「一斉に退職した」という事実だけでは、直ちに違法、法的責任ありとは言えません。損害賠償を請求するには、その一斉退職が「社会的に相当な範囲を逸脱した、違法なもの」であったことや、診療所の経営や業務を妨害する目的であったことを診療所側が証拠をもって立証する必要があります。これらの事項を客観的で具体的な証拠をもって立証することが実務上、なかなか困難です。

また仮に一斉退職行為が違法行為と判断された場合でも診療所の被った損害をどのように算定するかも非常に困難な作業になります。

 

従業員の一斉退職の問題は、単なる感情論ではなく、労働法と損害賠償論が複雑に絡み合う、極めて専門的な判断が求められます。

まずは、診療体制の立て直し(新たな看護師の採用)を最優先としつつ、同時に「損害賠償請求の可能性があるか否か」「可能性があるとして実務上の問題点はあるか」を法的に見極める必要があります。

 

 

私たち弁護士法人海星事務所は、数多くの病院・医療法人様の労務トラブルや緊急時の経営判断をサポートしてまいりました。

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